今回の「GAKAラジオ」では、1882年、ハーグで制作に没頭していたヴィンセント・ヴァン・ゴッホの手紙を読み解きます。

「自分はデッサン家として歩み始めた。この道に迷いはない」
そう断言するゴッホが、鉛筆や木炭というシンプルな道具を使って、いかにして油彩画のような「厚み」と「感情」を表現しようとしていたのか。その驚くべき技法の秘密に迫ります。

1. 鉛筆を筆のように操り、削り取る

ゴッホの手紙には、彼の独創的な制作プロセスが詳しく記されています。驚くべきことに、彼は鉛筆でデッサンをする際、油彩画用の筆を使って線をぼかしたり、一度描いた部分を削り取ったりしていました。

「鉛筆であっても、油彩で描く時のように扱っている」
この言葉通り、彼にとってのデッサンは単なる下書きではなく、画面上で格闘し、物質を積み上げ、削り出す「彫刻」のような作業だったのです。この肉体的なアプローチこそが、平坦な紙の上に圧倒的な実在感を生み出す鍵となっていました。

2. 「大工の鉛筆」と石墨(グラファイト)へのこだわり

ゴッホが愛用していたのは、製図用の細い鉛筆ではなく、力強い線が引ける「大工の鉛筆」や、天然の石墨(グラファイト)の塊でした。彼は、洗練された高級な画材よりも、より直接的に自分の情熱をぶつけられる、素朴で頑丈な道具を好みました。

さらに興味深いのは、彼が「牛乳」を定着液として使っていたというエピソードです。牛乳の成分(カゼイン)を利用して、グラファイト特有のテカリを抑え、深みのある黒を作り出そうとしていたのです。現代の画材知識から見ても非常に理にかなったこの工夫からは、彼の飽くなき探究心が伺えます。

3. 労働者の姿に自分を重ねて

この時期、ゴッホは泥の中でガス管を敷設する労働者や、路地裏で必死に生きる人々を執拗に描き続けていました。周囲の画商や親戚からは「もっと売れる絵(美しい風景や貴婦人)を描け」と批判されましたが、彼は一歩も譲りませんでした。

「上品なティーパーティーよりも、汚い路地裏にいるほうが、自分自身でいられる」
社会から疎外され、ボロボロの上着を着て制作に励むゴッホにとって、労働者たちの姿は自分自身の鏡でもありました。彼らに寄り添い、その「必死に生きる姿」を描き出すことこそが、彼の芸術の使命だったのです。

動画で詳しく見る:GAKAラジオ125

動画本編では、ゴッホが描いた名作デッサン『悲しみ』の構成案や、木炭と油を組み合わせた特殊な技法など、画家ならではの視点でさらに深く分析しています。ゴッホの「線の力」の正体を、ぜひ動画で確かめてみてください。

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【関連リンク】
・画家川田祐子公式サイト:https://kawadayuko.jp

『ファン・ゴッホの手紙I・II』新潮社

サムネ作品
Vincent van Gogh (1853-1890)
Red Vineyards at Arles 1888
Oil on canvas
75 cm × 93 cm (29.5 in × 36.6 in)
Pushkin Museum of Fine Arts, Moscow